2008/07/12
いま若者の間で広く深く読まれているという「蟹工船」を読んでみた。実に30数年ぶりに、本棚の奥から引っ張り出して。たしかに戦前の作品とは思えない現実世界の描写の感がある。冒頭の港の場面からぐいぐい引きつけられ、過酷な漁夫たちの労働現場では生臭い潮のにおいが、「糞壷」と描写された船底暮らしの場面では想像でしかないが耐えられない臭気が立ち上ってくるようだ。
圧巻は、無知だった労働者たちが、「このままでは殺される」という切迫した搾取の中で誰ともなく「団結」していく場面。船を守る駆逐艦も、労働者を守るのではなく、資本家の手先でしかなったことを知っても、失敗しても、また立ち上がる。印象に残ったのは、このくだり。「いつでも会社は漁夫を雇うのに細心の注意払った。募集地の村長さんや、署長さんに頼んで「模範青年」を連れてくる。労働組合などに関心のない、いいなりになる労働者を選ぶ。(中略)しかし、蟹工船の「仕事」は、いまでは丁度逆にそれらの労働者を団結ー組織させようとしていた。いくら「抜け目のない」資本家でも、この不思議な行方にまでは気づいていなかった。それは、皮肉にも、未組織の労働者、手のつけられない「飲んだくれ」労働者をわざわざ集めて、団結することを教えてくれているようなものだった。」 労働者の本質をずばりとついて、労働者が社会変革の主人公であることを読者に予感させる。1929年に発表されて80年たったいま「日雇い派遣」の横行とそのもとで苦しんでいる若者に読み継がれようとは作者も予想できなかっただろうと思う。自らの文学の力が時代を超えて生き続けることは確信していたとしても。小林多喜二は日本共産党員の大先輩でもあった。民主主義をかかげた日本共産党員であるだけで特攻警察に命を狙われた時代、弾圧」に屈することなく書き続けた。いのちをかけて書き続けた多喜二の文学。これからも多くの人々に読み継がれることで、新しい命を吹き込まれ続けるに違いないと思う。あらためて読んでみて、その生命力に圧倒された。7月15日は日本共産党が誕生して86回目の誕生日。めざす社会への道のりは、多くの党員によって広げられつつある。